三島由紀夫『仮面の告白』 日常生活にビビる

 私はその写しを自分の手にうけとって、目を走らせる暇もなく事実を了解した。それは敗戦という事実ではなかった。私にとって、ただ私にとって、怖ろしい日々がはじまるという事実だった。その名をきくだけで私を身ぶるいさせる、しかもそれが決して訪れないという風に私自身をだましつづけてきた、あの人間の「日常生活」が、もはや否応なしに私の上にも明日からはじまるという事実だった。

「写し」とは米軍の戦闘機が撒いた敗戦を報せる宣伝ビラのこと。

(新潮文庫、P202)